闘いの後に残るもの

ワールドカップ、

日本vsパラグアイ戦

最後の最後まで手に汗握る、気迫と気迫のぶつかり合いでしたね。

120分という長い間、集中力を切らさず走りぬいた

選手達の闘志は本当に素晴らしかったと思います。

PK戦になったとき、私は、もう勝っても負けてもいいじゃないか

という気すらしました。(もちろん勝利を祈らなかったと言えば

嘘になりますが)

PK戦では、決めた選手の栄光より

決められなかった選手が背負う荷の方が

どうしても大きくなってしまいます。

ロベルト・バッジョというイタリアの名選手が

「PKを外すことができるのは、

PKを蹴る勇気を持った者だけだ」

と言ったそうです。

駒野選手がはずしてしまった直後に、中沢選手が

彼を抱きかかえるように列の中に招き入れた姿。

肩を抱いて泣いた松井選手、阿部選手の姿。

笑顔でその背中を押した、稲本選手の姿。

また、最後のPKを決めたパラグアイの選手が、

歓喜に震える輪を抜け出して、

駒野選手に掛け寄り、額をすり合わせて何かを語りかけたんだそうです。

スペイン語なので、駒野選手は分からなかったかもしれませんが、

言語を超えて通じるものが、両者にはあったのではないでしょうか。

なんて美しい姿だろうと思いました。

敵味方を超えて、死闘を演じた選手達に通い合う

真のスポーツマンシップを見る思いでした。

ワールドカップには、黒い歴史が多々あるようですから、

こんなにも純粋で美しい闘いの軌跡は

稀有なことなのかもしれません。

人と人が全身全霊でぶつかり合う時には、

勝敗を超えて、感動が残るものなんですね。

余談になりますが、

昔、横綱貴乃花が、ひざを痛めながらも、相撲人生を賭けて

横綱武蔵丸を破り、鬼の形相をして、優勝を決めた大一番にも

同様の感動がありました。

(小泉元首相が、「痛みに耐えてよくがんばった!感動した!」

と言ったやつです)

あの瞬間に、大相撲は終わってしまったのではないか、と思ってしまいます。

ギャンブルに身をやつした関取や親方の皆さんは、悪い意味で

「相撲人生を賭けてしまった」んですね。

スポーツの光と影に沸いた、梅雨空の日本。

明日から7月です。

梅雨明けと共に、サッカーも大相撲も、そして自分自身も

また新しい一歩を踏み出していけるといいなあと思います。

(※昨日のクイズの正解

パラグアイの首都は「アスンシオン」でした。

パラグアイに行ってらっしゃった先生からの質問で、

中学生だった私たちのクラスでは、誰一人答えることはできません

でしたが、私はそれ以来「アスンシオン」を忘れることができません)

メッセージボードとキックオフ

ワールドカップ

日本vsパラグアイ戦まであと3分となりました!

教室の看板のかたわらにはいつも、

メッセージボードが置いてあります。

メッセージボード

ほぼ毎日、日替わりのメッセージを書いているのですが、

隣にあるチラシが少しずつなくなっていることを考えると、

少なくとも毎日数名の方がメッセージを読んで下さっていることになります。

有り難いことです♪

今日は日本代表応援メッセージを書きました。

遠藤選手、松井選手は、鹿児島実業高校出身なので、

是非とも活躍して欲しいです!!

(遠藤選手のデンマーク戦のフリーキックはすごかったですね)

数日前のメッセージは

「昔ある先生が、パラグアイの首都を答えられたら

 通知表を5にしてあげるとおっしゃいました。

 みなさん分かりますか?正解は裏に」でした。

正解は明日書きます!

間もなくキックオフ、応援してきます!!

私の学び/幼少編01

このBLOGを愛読してくださっている方より

リクエストがありましたので、

私の幼少期からの学びや家庭生活等を

不定期に綴っていこうと思います。

*** *** *** *** ***

私の記憶は、2歳7ヶ月から始まっています。

妹が産まれる直前、祖母と二人で、

母の病室へ麦茶とおにぎりを差し入れに行った時から

記憶がスタートしています。

「今日からお兄ちゃんになるんだ。

だから、お母さんじゃなくて、おばあちゃんと寝ても・・・大丈夫!

お兄ちゃんだから!」

という、強烈な自覚が「物心」をつかせたのでしょう。

とは言うものの、幼少時の記憶はかなり断片的ですので、

物心がつく以前の私の様子や、妹が産まれてからの私の行動は

母が語る思い出話と、当時の会話を録音してある数本の

「カセットテープ」に頼るところが大きいです。

その「カセットテープ」には、

幼稚園生の私と、言葉を話し始めて間もない妹と、母との

「しりとり」や「なぞなぞ」の様子が録音されています。

私はよくしゃべる子だったみたいで、「しりとり」の解答も

速かったのですが、言葉を覚えたての妹は、なかなかフレーズが

出てこない様子で、そのテンポの遅さに私はイライラしていたみたいです(笑)

私「はなび!」

妹「び・・・び・・・」

私「び、いっぱいあるがね!び、だよ、び!」

妹「び・・・び・・・(泣)」

私「もう、いっぱいあるのに」

私「・・・(泣)」

母「じゃあ、お兄ちゃん、もう一回「び」で別のを言えるかな?」

私「ビスマルク!」

(※ドイツの鉄血宰相「ビスマルク」ではありません。

当時そんなアニメがあったんです)

というような、一部始終が繰り広げられていました。

妹はなんとかして私に追いつきたいと、

必死になって言語の海と格闘しているようでした。

(言葉を覚えたての身で過酷だったと思います)

妹との「しりとり」や「なぞなぞ」が

私が「導く」側に立つ原点であったかもしれません。

また、別のカセットテープには、

もっと幼かった頃の私が、アンデルセンやイソップなどが

載っている、「世界のおはなしシリーズ」のページの数字

を読めるようになったことを、父が大変喜んでいる様子が

収録されています。

(私は、この「世界のおはなし」を朝な夕な何十回と

父、母がくたくたになるまで読んでもらっていたそうです)

当時は、父も若く、仕事が忙しかったせいか、

「機嫌が良く朗らか」といったイメージは少なくて、

厳しくて怖い、という印象が強かったんです。

でも、テープを聞いてみると、父は昔から、そのような小さなこと

でも喜んでくれる素朴な人だったんだなあ、としみじみ思います。

このように小さなことをほめる、ちょっと違った角度からほめる

というのは、父母ともに共通していたかもしれません。

当時私は「リブロック」というブロックのおもちゃで、

飛行機や、ロボットなどを組み立てては壊す遊びが好きだったんですが

私が、剣を納める鞘(さや)を作ったことを

母は大変ほめてくれました。

おそらく、普通は剣を作ったところで満足しそうなところを、

鞘(さや)まで作って完成させたところに、母は感心したのでしょう。

実は、その「リブロック」には購入時に、ひと悶着があったのです。

その「リブロック」というおもちゃは、訪問販売の人から、

母が独断で購入したものでした。

「このおもちゃは、お店では売っていない代物です。

たしかに似たようなブロックのおもちゃは、たくさん販売されていますが

このリブロックは、そのような商品にはない、

子ども達を飽きさせず、創造性を高める工夫がたくさん施されています。

ですから、少々お高いですが、他のものとは質が全然違うんです」

という販売員の方のお話から、これは買うべきだ!と母は決断したのだそうです。

しかし、その晩、父は

「訪問販売の口車に乗って・・・なんでそんな高いのを買うんだ!

おもちゃ屋にいけば、いくらでも安いのが売ってるじゃないか!」

と怒り出し、

母が、いくらその教材の質の良さを訴えても、聞く耳を持たず、

もめにもめたんだそうです。

そのような経緯があるため、

私が、剣を納める鞘(さや)を作ったときに、母は

「販売員さんの言ってることは間違いなかった。

確かに創造性を高める教材だった。

私が買うのを決断したのは間違ってなかった!」

と思ったんだそうです。

※今でも「リブロック」売ってるみたいですね↓

https://www.blg.co.jp/livelock/

ドイツ生まれのリブロック、1978年、国内販売開始と

ありますから、母が購入したのは、日本で販売され始めて

まだ間もない頃だったことになります。

先見の明があったんでしょう。

リブロックは、本当にギタギタになるまで遊び倒しました。

幼少時の良い相棒でした。

取りとめも無く、幼少期の私の生活を書き綴ってきましたが

今日はここで筆を置くことにいたします。

最後まで読んでくださってありがとうございました♪

サロンに込めた願い

英気に溢れる学習サロン

「ブリリアンス」

本日6月15日オープンしました!

brilliance01

たくさんの方々の心からのお力添えのおかげで

今日の日を迎えることができました!

素晴らしい看板もでき上がり、

鉢植えや机、本棚、ホワイトボードも入り、

本日最初の生徒さんをお迎えすることで

サロンが産声を上げました。

私がなぜ、塾ではなく「サロン」と名づけたか、

それは「知」は「交流」によって育まれるという信念があるからです。

ヨーロッパの文化人達が、貴族の邸宅、あるいはカフェといった

場所に集い、思うままに語らいながら、知の幅を広げ、深めていったように、

志を持った人々がひとつの場に集い「交流」することが

「知」に風を吹き込むと思うのです。

私の教室の場合、先生と生徒が場に集うテーマ(目的)が、

数学であったり、物理であったり、化学であったり、

学力向上や受験合格であるわけですが、

それらのテーマを媒介として、集う者の知を互いに高めていく試みこそが

学び舎の本質だと思うのです。

学び合うのに年齢は関係ないと思うのです。

3歳でも18歳でも30歳でも80歳でも

互いの魂と志に敬意を持ちながら、

伝え合い、受け止め合って行くこと、

その中で「知」は柔軟かつ強靭に育っていくと思うのです。

私も含め、集う人々同士が、自然体で芯から学び合う場。

「サロン」にはそのような願いを込めました。

日本もワールドカップで勝利し、

幸先の良い船出となりました♪

みなさま、これからもよろしくお願いいたします!

知を運び、知を支えるもの

新教室を創るにあたり、ここのところほぼ毎日買い物をしています。

即決できるものもあれば、吟味に吟味を重ね、

やっとの思いで購入に至るものもあります。

今回、一番手間と時間をかけて選んだもの、

それは、生徒用の椅子です。

できるだけ生徒が学習しやすく、座るだけで精神が深い

「知」の海に潜れるような椅子を用意したかったんです。

私が最近買って大変お世話になっているプレジデントチェア

のように、椅子は座る者の「知」を支えると思うのです。

ほとんどのものはネットで用が足りるのですが、

椅子だけは実際に座り心地を確かめてみないと分かりません。

私は、鹿児島市内の家具屋をめぐりにめぐって、

目ぼしい椅子に座っては、考える人のポーズを取り

うーん、うーんと唸る日々を過ごしたのですが、

なかなか「これぞ!」という椅子には巡り会えませんでした。

しかし、脳みそが煮詰まりかけた頃、椅子探しの相談をしていた

ある友人が吉報をもたらしてくれたのです!

(※煮詰まるという表現は、本来は、十分に議論・相談など

をして、結論が出る状態になる。という意味だそうです)

最近閉店した鹿児島三越の跡地に「マルヤガーデンズ」

という、テナントショップの集合体ができたのですが、

そこのインテリアショップに、良い椅子がありそうだよ!と。

そのお店は、「D&D DEPARTMENT」という、

上品で洗練されたユーズド家具を扱っているお店でした。

(おそらくは70年代前後の家具が中心でしょう。)

どの家具にも、嫌味でないノスタルジックな残り香があります。

そこの一角に、黒い椅子の群れが鎮座していました。

ユーズド商品とは思えないくらいの光沢がある銀色の4本足と、

深い黒色の滑らかなシートがついた、重みのある椅子です。

東京から仕入れたということ以外、出所は分からないのですが、

きっとどこかの会議室や図書館で使われていたのではないでしょうか。

シートに座ると、ぷしゅーっと、少しずつ空気が抜けて

お尻がフィットしていきます。その感覚がなんともたまりません。

私は、その座り心地と、「知」を支えてくれそうな重厚感が

決め手となって、ついにその椅子を6脚購入することに決めました。

(※新教室のセミナー授業の1回あたりの定員は6名なんです。

授業の中で「交流」ができる距離を大事にしたいのです。)

それらの黒い椅子の群れから、状態の良い6脚を選ぶために、

店員さんと一緒に、積み重ねていた椅子を全部床に並べて、

傷の状態や、足元にガタが来てないかどうかを確かめていきました。

店員さんも、嫌な顔をするどころか、「一番良い椅子を選んでくだ

さいね♪」と、とても積極的に椅子選びを手伝ってくれました。

値段はユーズドだからと言って、決して安いものではありませんで

したが、(かといって高いわけでもないのですが)

とても気持ちの良い買い物ができたと思います。

教室に並べてみると、一気に部屋の重みが増しました。

大学の図書館のような雰囲気が出せたらなあ…とも

思っていたのですが、これに座る生徒たち(主に高校生)は、

受験を通り越して、大学生になったような心持ちで、

学ぼうとする意欲を高めてくれるんじゃないかと思います。

最後に、今回気づいた買い物をする時のコツ、3か条を。

1.購入の決め手に欠ける時は「待て」という合図。

何か心に未消化なものが残るようなら、

すこし待って、情報集めに専念した方が良い。

2.良い相談役(ブレーン)を持つこと。

自分と感覚が異なる人の意見は、時に重要。

真逆の意見にも耳に傾けると、バランスがとれる。

3.良い買い物とは、「気持ちの良い」買い物である。

値段や品物の質も大事だが、購入する店の接客、

購入に至るまでのストーリーが、「気持ちが良かった」

ということが、購入した商品への愛着を高めるものである。

不思議な連動

菅直人新首相が誕生しましたね。

6月2日、鳩山元首相が辞任したこの日、

私は鹿児島市郊外にあるホームセンターで

教室の外に設置するためのブラックボードを買い、

鹿児島市中心部へと車を走らせておりました。

すると、市内中心部が「龍の巣」(天空の城ラピュタに登場)

のような真っ黒な雲に包まれているではありませんか!

郊外は雲一つない晴天なのに、中心部だけが黒い雲に

覆われているのです。

一体何が起こっているんだ?と不思議に思いながら

中心部に突入した瞬間、すべてを了解しました。

鹿児島にお住まいの方なら、お分かりになられるでしょう。

桜島の噴火による大量の降灰です。

突入した瞬間、昼が夜に変わり、視界が遮られ

見る間に車のウインドウが灰色に変わりました。

私も対向車も、車のライトをつけ、粉塵の中を切り裂くように

突き進んでいきます。

「この世の終わり」とも思えるような、これ程の降灰は

鹿児島でも十年に一度あるかないかでしょう。

鳩山首相の辞任を知ったのは、翌朝なのですが、

もしかすると、政変に連動しての桜島の噴火だったかも

しれません。考えすぎでしょうか。

というのも、不思議なことがあるんです。

私が三年前、鹿児島の加治木で教室を開始するため

チラシを入稿したのは、安倍元首相の辞任の日だったんです。

(私はこの日を加治木教室の創立記念日としています)

当時の日記に、

「2007年9月12日 WILDKEEPスタート

安倍首相辞意表明 快晴 秋の風」

とあります。

今回、鹿児島市内に新教室を構えるに当たり、

6月1日を数ヶ月前からスタート日に設定していたんですが、

もしかして、鳩山さん辞めたりして…と思ってたんです。

案の定、教室スタートと辞任が重なったので、びっくりしたんです。

まあ、普天間問題5月末決着をおっしゃってた時から

5月末には辞めるんだろうな…という推測を皆さん立ててた

かもしれませんが。

無理にこじつける必要もないのかもしれませんが

みなさんの中で、もしこのような不思議な連動体験を

お持ちでしたら、お知らせくださると嬉しいです。

もうひとつ、私の家には、ワールドカップの時に

新しいペットが来る、という不思議な連動もあります。

ワールドカップ・フランス大会時に

犬を飼ったのですが、その子の名前は「ルカ」です。

(ワールドカップから「ル」と「カ」を取りました)

ワールドカップ・日韓大会時に

ベランダに迷い込んできて飼うことにしたインコは

「ロナ」という名前をつけました。

(ブラジル代表で活躍した、ロナウド選手に頭部が

似ていたため・笑)

それから本年

ワールドカップ・南アフリカ大会の年に

赤いカナリアを、おじいちゃんから引き継いで

飼うことになりました。

とても不思議に思っています。

ご縁が道を創る

本日6月1日は、教室テナントの入居日でした。

創立記念日ですね。

一日のうちにふたつの大きな仕事が進み、

見事な仕事始めとなりました♪

親戚の方に、プロの看板屋さんがいて、

教室の看板作りをして頂けることになり、

本日は現地でその方達ご夫妻との初打ち合わせをしました。

(※奥さんと、私の母がいとこにあたるのです。

私が小さい時、当時高校生だったその方にドラえもんの映画に

連れていってもらったことを今でもよく覚えています。

私がビリビリにしてしまった映画の割引券をテープで止めて

受付の人に頭を下げて、チケットを買ってくださいました。

恥ずかしかったことだろうと思います。本当に情愛と強さに

満ちた方です。)

私は、事前に看板のイメージ図を作っていったのですが、

その図を見ながら、色やデザインなどを詰めていきました。

素人では分からない、赤なら赤、青なら青といった

配色のメリット・デメリットを丁寧に説明してくださり、

さすがプロだなあと思いました。

旦那さんは事前打ち合わせをとても大切にされている職人さんで、

私のイメージを大切にしながら、

プロのアドバイスをしてくださるので、

安心して、デザイン決めをすることができました。

(最近は打ち合わせをせず、デザインを丸投げされる事業者の方も

多いそうで、それだと良い仕事にならない、とおっしゃってました)

親身になって仕事をしてくださる方とのご縁を頂いて

親族の絆をとても有り難く感じました。

どんな仕上がりになるか、とても楽しみです。

もうひとつは、私の教室に興味を持って下さっている

生徒さんとお母様との面談ができたことです。

これも、前述した親戚の方の口伝えで頂いたご縁でした。

今日は仲立ちをしてくださったある先生の教室で

(この教室がまた美しく素敵なんです。)

お茶会のような雰囲気で面談を進めることができました。

帰り際の生徒さんの明るい表情が印象的でした♪

最近強く思うのは、ご縁によって生かされているなあ

ということです。

周りの方々の真心、知恵に助けて頂いているからこそ

このように短期間の内に仕事が進んでいるのだなあ…

としみじみ思うのです。

ご縁が道を創っていく。

ご縁とは奥ゆかしいものですね。

私も真心と知恵と感謝をお供に、

志をもって、ご縁の道を進んで行こうと思います。

新教室オープンに向けて

2010年6月中旬、鹿児島中央駅近くに、

新しい教室をオープンします!

私は、2007年より鹿児島県姶良市加治木町という

ところにある福祉センターの会議室を借りて、

2年半ほど、小学生から高校生までを対象とした

個別指導の学習教室「ワイルドキープ加治木」を

主宰して参りました。

素晴らしい気質と才能を持った生徒たちとのご縁を

頂き、生徒たちと共に、とても濃い学びの日々を送ら

せて頂きました。生徒たちは、信じられないくらい

大きな成長を見せてくれました。

その生徒たちから私が学んだこと、教育について思う

ことを、一冊の手作りのエッセイ集にまとめました。

「英気に溢れる~子どもの魂が輝き、学ぶ力が大きく育つ」

というタイトルです。

加治木教室は、本年3月、初期メンバーの生徒たちの卒業をもって

教室終了式を行い、私は鹿児島市内に本拠地を移しました。

約2ヶ月ほどの準備期間を経て、6月中旬、

鹿児島中央駅から徒歩7分、鶴丸高校からすぐの場所にある

3階建てのビルの1階をお借りして、新教室を開くことになりました!

人生で初めて、テナント物件をお借りして、教室を始めます!

目下、怒涛の準備中です。

この数ヶ月、何かに導かれているような感覚を何度も感じ、

この上ない程のタイミングで、シンクロが度々起こりました。

本当は2011年を目指して、鹿児島中央駅周辺に良いテナントが

借りられたらと思っていたのですが、そのタイミングが1年

早まったんです。

新しい教室の名前は…

英気に溢れる学習サロン「ブリリアンス」です!

(英語名はholistic study salon “brilliance”

ホリスティック スタディサロン “ブリリアンス” です)

このブログにも「英気」という言葉を使っていますが、

「英気を養う」という言葉でよく使われる「英気」です。

英気にはふたつの意味があり、ひとつは、その人のもつ優れた頭

の働き(才気)、もうひとつは、元気を表します。

生徒たちが、英気(才能+元気)を養い、英気に溢れ、輝いていける

ような教室になるように、という願いをこめました。

私は、10年来、brilliantというハンドルネームやメルアドを

愛用してきたのですが、最近になって、「英気」の訳語が「brilliance」

であることを知り、衝撃を受けました。

「英気を養う」って言葉もすごく好きで、まったく無意識のうちに

「英気」と「brilliance」が表す「何か」に惹かれ続けていた自分

を認識したからです。

教室の3本柱は…

1.高校生のための、数学/物理/化学 の少人数制セミナー

2.小学生・中学生・高校生・浪人生 対象の1:1個別指導

(私立中受験、難関大学、医学部受験にも対応)

3.子どもから大人までの「英気に溢れるサロンセミナー」

(毎回、コーヒーを飲んだりしながら、

皆さんが「英気を養える」ようなテーマでセミナーをします)

☆授業/セミナーはすべて私が担当致します!☆

学習サロンの詳細、仕込みの様子などは、

また本BLOGで綴っていこうと思います。

生まれてから今日までご縁のあった方々のおかげで、

30歳にして、小さいけれど、とても素敵なテナントで

教室を始めることができます。

ほんとうにありがとうございます。

これからもよろしくお願い申し上げます!

裏紙は宝の山

私が小さい時、家には常に、大量の新聞のコピーがありました。

地方公務員だった父が、仕事に使うために、

職場で折々にコピーしていったものです。

B4の用紙の片面には印刷がされていますが、裏面は真っ白です。

父は、仕事で使わなくなった新聞のコピーを家に持ち帰り、

子ども達に、裏面を自由に使っていいよ、という御触れを出して

いました。

私は、この「裏紙」が大好きでした。

マンガを描いたり、字を書いたり、計算をしたり、

暇さえあれば、この裏紙が置いてある部屋に行って、

延々と自由に「書きもの」をしていました。

中学生ぐらいまでは、私はこの裏紙を大活用していました。

裏紙の素晴らしい点を幾つか挙げようと思います。

1「遠慮なく思いっきり書ける。

破ってもくしゃくしゃにしても心が痛まない」

片面に印刷がほどこされ、一度は仕事を終えた紙のリサイクル

ですから、書き手にも遠慮がなくなります。

これが、両面まっさらの美しい紙であると、「大事に使わなきゃ」

という意識がどこかに生まれ、思い切った使い方をためらって

しまうのです。

2「時々、印刷してある方に興味が惹かれて、

読んでいるうちに、様々な情報が頭に入る」

片面は新聞のコピーでありましたから、

時々はそっちの方が気になる時がありました。

私は、読めない漢字もいっぱいある中で

コピーされた新聞紙面を目でたどり、

「ここまで読んだら、次はここを読むようになって

いるんだな。変なの」とか

「この新聞、第38254号って書いてあるけど、

一年が365日だから、100年以上続いてるのか」

とか言いながら、

自分でもまねして新聞を書いてみたりしていました。

これも良い勉強になったと思います。

3「経済的節約になり、資源保護になる」

コピーしたもののリサイクルですから、

同じ枚数の、新しいお絵かき帳を買ってあげることを

考えれば、大変な節約になります。

また、森林資源を守ることにもなります。

父は教育的観点というよりは、節約の観点から

子ども達に大量の裏紙を与えたんだろうなあと

今になって思います。

しかしながら、子どもに大量の裏紙を与えて

放置する、父の「裏紙教育」によって、

私の学ぶ力は大きく支えられたように思っています。

遠慮なく、思いっきり自由に、紙に気持ちをぶつける

というのは、良いストレス解消にもなります。

そういう中で、創造性も育まれるものだと思います。

また、学ぶ力は「インプット」(入力すること)だけでなく

「アウトプット」(出力すること)がバランスよく

行なわれる時に、ぐんぐん伸びていきます。

いつでも手元に大量にあり、自由に絵や字を書け、計算が

できた裏紙は、私にとって「アウトプット」の学びを

促進してくれる、宝の山だったのです。

このような経験から、私は教室で生徒達を教える時に、

もう使わなくなった裏面が真っ白な大量の問題プリントを

常備しています。(捨てるのはもったいないですし、

多くの塾でそうされていることだろうと思います。

ただ私は、裏紙の素晴らしさを生徒たちに強調しています)

生徒達は、「裏紙をください」「要らない紙をください」と

私に言って裏紙をもらい、自分達で自由に活用していきます。

彼らは、裏紙をがんがん使って計算をしたり、自分の考えを

整理したり、でかでかと目標を書いたりします。

遠慮の要らないアウトプットができることが

裏紙の最大の魅力です!

ご家庭でも、裏面のまっさらなチラシなどを大量に

ストックしておいて、子ども達に「自由に使っていいよ」と

言っておくと、勝手気ままに彼らのアウトプットの学びは

促進され、学ぶ力が自然に高まっていくと思います。

そして、時にびっくりするような創作物が生まれる

ことと思います。

裏紙は無限の可能性を秘めた宝の山なのです。

働く人の鑑(かがみ)

今日私が感動してしまった、2人のカッコいい「働く人」のお話です。

私は車にETCをつけるため、ある自動車整備工場に向かっていました。

googleで地図を印刷しておいたのですが(カーナビはない・泣)

目的の場所が見つからないまま、道を行き過ぎてしまいました。

私はUターンをしようと、すぐ目の前に見えるガソリンスタンドに

突入したのですが、当然給油のために入って来た車だと思った店員さん

が威勢よく私の車を誘導してきました。

私は申し訳ない気持ちを抱えながら、窓を開け

「あの、この辺に○○自動車さんはありませんか??」

と尋ねました。

すると、一人の日に焼けた笑顔のまぶしいお兄さんが飛んできて

「はい!あのですね!この道を戻っていただいて…」

と嫌な顔ひとつせず、一生懸命説明してくれるのです。

しかも、途中からは、自分の手の平にボールペンで地図を描いて

説明してくれたのです。

彼の真心と懸命さに、私は心から感動してしまい、

「本当にありがとうございます!次は必ず給油に来ますので!」

と丁寧にお礼を言って、そのガスリンスタンドを後にしました。

(※直前に他の店で給油していたため、それ以上の給油は無理だったのです)

彼は、私が道路に出るときもしっかりと誘導してくれ、

ただ道を尋ねただけの私を、最後まで深々と礼をして見送ってくれました。

もうひとりの感動的な働く人は、リサイクルショップの兄ちゃんです。

私は、無事にETCを装着した後、ホワイトボードやデスクを探しに

あるおばちゃんからクチコミで「ここはいいよ♪」と聞いた

リサイクルショップに出かけました。

店内の品揃えは良かったのですが、

ホワイトボードやデスクは見当たりませんでした。

ラグビーか格闘技をやっていそうな、体格の良い店員さんが

「お探し物は見つかりましたか?」と声を掛けて来たので、

「ホワイトボードは扱ってらっしゃいませんか?」と

尋ねてみました。

兄ちゃんは少し渋い顔をした後、本店に聞いてみますね、

と言って、すぐに電話をかけました。

残念ながら本店にも置いてなかったらしく、

「すみません…うちは事務用品にはそんなに強くないんですよ…

でもですね、あの、他の店員には言わないで欲しいんですけど

○○団地に○○商会という店がありまして、

そこが事務用品に強いと思うので…」

と言って、メモ紙に地図まで書いて説明してくれたのです。

「他のお店のことなのに、教えて頂いてほんとに有り難うございます!」

と私が言うと、その兄ちゃんは、

「いやお客さんが困ってらっしゃれば、何か手助けしたくなるので…」

とにこやかに笑っておられました。

私は結局何も買わずに店を出たのですが、

その兄ちゃんは、買い物をしたお客さんと同じか、それ以上と思えるくらい

愛想の良い声で「ありがとうございましたあ!」と私を送ってくれたのです。

このお二人は、

自分が何の仕事をしているのか、心から理解しているのだと思いました。

このお二人は、

給油をしてお金をもらうことや、リサイクル品を売り買いして

利益を得ることだけを、仕事だと思っていない。

ガソリンスタンドやリサイクルショップというお店を通じて、

困っているお客さんにできる限りの手助けをしてあげること、

お客さんに喜んでもらうことを仕事の根底にしているのです。

もしかして、彼らの中には、このように礼を尽くすことが

店の好感度を上げ、巡りめぐって自分の店の利益につながるという

思いもあったかもしれません。

それでもいいのです。

彼らは「他を利する」ことを身体に血肉化していなければ、

到底できないような、ものすごい反応速度で、

私に情報を与えてくれ、心からの礼を尽くしてくれました。

彼らは私に心からの感動をくれました。

そして、このような日記を書くエネルギーすら与えてくれました。

彼らは働く人の鑑(かがみ)だと思いました。

私も見習いたいです。

観音様の目の前で

もう1週間前のことになりますが、

東京旅行で遭遇した、ある「事件」のお話です。

友人の盛大な結婚パーティーの余韻も醒めやらぬ次の朝、

私は浅草寺におりました。

ちょうど江戸三大祭のひとつ、三社祭りが行なわれていて

浅草駅から、雷門、浅草寺へ続く仲見世は

観光客(中国人多し)でごった返しています。

有名な雷門の提灯の下には、かっこいいドラゴンが彫られていて

この写真を携帯の待ち受けにすると運気がアップすると

某女性週刊誌に書いてありました。(撮っちゃいました・笑)

人ごみに流されながら、浅草寺に到着した私は、

お線香の煙をありがたーく頂戴して

聖観世音菩薩が祀られている本堂へと足を運びました。

本堂の中も人、人、人。

観音様の前のお賽銭箱には、黒山の人だかりでしたので

私は少し離れたところにある柱を背にして、手を合わせる

ことにいたしました。

「なむかんぜおんぼさつ…なむかんぜおんぼさつ…」

参道の掲示物に、このように唱えなさい、とあったので、

私は目を閉じ、この短い念仏を唱えていました。

私はショルダーバッグを肩に掛けていたのですが

他の参拝客が容赦なくそのバックにぶつかって来ます。

ぶつけられる度に、からだが揺れます。

目を閉じたまま、「よけるぐらいのスペースはありそうなのに、

わざとぶつかってるんちゃうか」と少しイラっときたのですが

心を静めて、

「なむかんぜおんぼさつ…」を続けました。

すると、突然

「うやああ、いやああああ!」

という奇声のようなものが聞こえました。

パッと目を開けると

ご夫人の肩に掛かったカバンを、

初老のおっさんが思いっきりひっぱっています。

「ひったくりだ~!!」

周りにいた数人の男の人がおっさんを取り抑えました。

私も、取り押さえた方がいいのかな、と思いましたが

とっさにそのような勇気は出ず、

ことの成り行きをただ見ているしかありませんでした。

おっさんがわめきます。

「何すんだよ~なにもしてないよ~」

男達が声を上げます。

「うるせえ。とりおさえろ。警察、けいさつ!」

おっさんの手はひものようなもので

ぐるぐる巻きにされ、本堂の隅の方へ連行されていきます。

男達はご夫人にも声を掛け

「だいじょうですか?あなたもご一緒に」

と言って、おっさん共々引きつれて行きました。

途中、おっさんが

「なにすんだよぉ…」と嫌がるそぶりを見せると

男達は

「うるせえ。ごたごた言ってんじゃねえ!」

と声を荒げていました。

私は生まれて初めて目の前で「ひったくり」なるものを

目撃してしまいました。

しかも、こともあろうに観音様の目の前で、罰当たりな…

しばらく気分が悪かったのですが、

後になって様々な疑問が湧いてきました。

1.なぜおっさんは、あんな人の多い場所でひったくろうとしたのか?

逃げ場などないではないか。スリならまだ分かるが…

2.僕が目を閉じていた時に、ぶつかってきた感触は、もしやおっさんが

僕のかばんを取ろうとしたのか?

3.あんなにも正義感の溢れる手馴れた男達二人が、

都合よくいるもんだろうか。もしかして私服警官か…

参道には、至る所に「スリ・ひったくりにご注意」という張り紙がありました。

以上のことを総合的に考え合わせてみて、

今回の引ったくり事件は、

警察あるいは自警団による「自作自演」ではないかと疑われるのです。

本物のスリ・ひったくりにプレッシャーを与え、参拝客に注意を促すための。

それなら、かなりつじつまが合うのですが…

でも芝居だとしても、浅草の治安イメージの低下にもつがるだろうし、

腑に落ちない部分もあります。

聖観世音菩薩さまは、どのようにこの光景を見ておられたでしょうか。

仏様の「慈悲」とは「あたたかい心」なのだそうです。

私は、仏様に向かい、目を閉じ、手を合わせるしかありませんでした。

「なむかんぜおんぼさつ…なむかんぜおんぼさつ…」

どうか気づきませんように

昼過ぎの便で東京に来ました。

羽田から浅草方面へと向かう電車に乗り込み、

空席はないかと車内を見渡しました。

優先座席は女子高生達で埋め尽くされています。

一、二席空いている所を見つけ、大荷物を抱えた僕は

そのすき間へと腰を埋め込みました。

ほーっと一息ついた所で、

ふと私の左の視界に一人の女性の姿が写りました。

年の頃は20代後半、メイクの映える、小柄で奇麗な女性が

俯いたまま立っていました。

何気なく視線を下に落とすと、彼女のお腹が膨らんでいることに気づきました。

「妊婦さんか…」

私は居てもたってもいられなくなてきました。

「誰か席を譲る人はおらんのか…」

しかし、優先席の住人たちも、その他の住人たちも

ほとんどの人たちは、携帯をのぞきこみ、自分の世界に

没入しています。

「誰も気づかんやろうなあ…僕が譲ろうかなあ」

その妊婦さんも、別段、席に座りたいような顔をしているわけ

ではありませんでした。

その人もまた、生気のない疲れた顔で、条件反射のように

携帯をのぞきこんでいるのです。

「座れないことに慣れているのかあ…、

それともあまり構ってほしくないのかもなあ…」

私は、しばらく考えましたが、

そのことに気づいているのに、見て見ぬふりをするのは苦しいし、

声だけ掛けてみようと思って、意を決し、席を立ったのです。

「あの、お座りになりませんか?」

女性は突然声を掛けられたことに驚き、少し戸惑った表情を浮かべたあと

「あ、ああ…」

という小さい返事をして、空いた席に座りました。

私は、あまりその人を見ないようにしながら、

その人が立っていた場所に立ちました。

電車に揺られながら、様々なことを推測しました。

「ありがとう」って言ってはもらえなかったなあ…

もしかして、僕が譲ったってこともわからなかったのかもなあ…

お腹を見られて、譲られたことが嫌だったのかもなあ…

お腹は膨らんでいたけど、もしかして、望まない妊娠なのかもなあ…

私はもう一度車内を見るともなく、眺めていました。

そして、このようなことを思いました。

「みんな決まりきったように携帯を覗き込んでいるけど、

これは周りのことになるべく「気づかない」ようにするための

無意識の防衛本能の現れなのじゃないだろうか。

職場や学校や人生に疲れている時に、新しく何かに「気づいて」

しまったら、それはその人にとっては大きな負担になるのだ。

たとえば、妊婦さんやお年寄りに気づいてしまえば、

席を譲るかどうかで、余計な苦しい思いを自分が背負わなければならない。

余計な苦しみと、エネルギー消費を増やしたくはないのだ。

妊婦さんも妊婦さんで、席を探す労力など割かずに、周りに気を使われないように、

なるべく、無表情で携帯をいじって時をやりすごすようにしている。

なるべく何にも気づかないように。

なるべく何事も起こらないように。」

東京には、鹿児島や京都・大阪とは違った、独特の空気を感じます。

それは、各人が頑張って「個」になろう、「個」を守ろう、としている空気です。

見ず知らずの者同士の「通い合い」をなるべく遠ざけようとすることで、

自分にも他者にも負担が少なくなる。

それはこの街が自然と選んで行った、生きるための工夫なのでしょう。

最初は少し寂しい思いでしたが、しばらくして、

この街に対する生命観が深まって、少し心を落ち着けることができました。

現在、浅草橋のホテルでこの日記を書いています。

明日は大切な友人の結婚パーティーに出席します。

久しぶりにたくさんの友人たちに会えることも楽しみです。