【以下の文章は、2010年5月に自主発行した、私の教育活動に関するエッセイ集「英気に溢れる」より抜粋したものです】
彼は、私の教室でただ1人、自ら電話をかけて入ってきた生徒でした。
中1の3月に、友達から私の教室のことを聞き、自分の携帯から、体験授業に来てもいいですか?という電話をかけてきたのです。
彼は、入ってきた当初、学年でほぼ最下位の成績でした。
学校には毎日通っていて、授業にもちゃんと参加しているのです。
その子が私の教室に来た理由は、ただひとつ「勉強ができるようになりたい」という一念でした。
幼少からの生活を聞いても、何の理由で学業が振るわなくなってしまったのかは未だにはっきり分かりません。
しかしながら、彼は他の中学生をはるかに凌駕するものを持っていました。
それは、すさまじい「情熱」と「大人力」でした。
当時私は、基本的に宿題は自分で決めて欲しい、と言うのをひとつの方針にしていました。
しかし彼は、宿題を出さないと寂しそうな顔をして、「宿題はないんですか?」と言うのです。
しかも試しに出した宿題はしっかりやってくるし、これもひとつの自主性の現れだなあと思って、それから彼に対してはかなりの量の宿題を出すようになりました。
だんだんとプリントが山のようになってきて、そろそろファイルを準備するように言おうかなと思っていた矢先、彼は誰に言われた訳でもなく、ホームセンターで大きなB4のファイルを買い、5教科分5ファイルに分けて、プリントにパンチで穴を空けファイリングしてきたのです。
しかも、それぞれのファイルに、自らエクセルで作成した課題チェック表を貼りつけて。
私は、ここまで整理力と実行力がある子が、なぜ学校の勉強ができないんだろうと不可解に思いました。
それだけでなく、彼は、私にもご両親にも言われたわけでもないのに、毎回、定期テストの範囲や、部活動の日程表をコピーして、重要日程を蛍光ペンでマークして、提出してくれるのです。
元気のない友達には自ら声を掛け、部活動では、先輩と同学年との間で連絡役として上手く立ち回り、出かけ先でお世話になった先生を見かけたら、自らさっと挨拶に行く子です。
もし社会人力を測る指標があるならば、偏差値70を超えるでしょう。
社会に出るならすぐにでも採用したい人材です。
しかしながら、学校の成績は振るわなかったのです。
彼は、英語に関してはローマ字の読み書きから始め、少しずつ少しずつ器を広げていきました。
彼は、連絡もまめで、自分が遅刻する時も必ずメールで「10分遅れます。すみません」と伝えてくるのですが、ある日、逆に私の方が、遠方に出張授業をしていて、アクシデントからどうしても教室の到着に遅れる時がありました。
とても申し訳ない思いで、その子に遅れる旨をメールしたところ、「了解しました!くれぐれもおきおつけて」という返信が返ってきました。
「おきおつけて」と間違うところが微笑ましかったのですが、間違いを指摘はせず、その子の温かさを有り難く受け取りました。
月日は流れ、彼は中学3年生になり、公立高受験の前日になりました。
最後の授業で私は、彼に各教科の作戦と心得を書いてもらったのですが、彼は「時間配分にきおつける」と書いていました。
私は「きおつける」の正しい書き方を教える時は今日だったか、と思い、「き」は空気、気持ち、やる気の「気」。「つける」は「付ける」。だから「気」を「付ける」。「お」は「を」になるんだよ、ということを教えました。
彼は「気を付ける」という言葉の仕組みを知らずに使っていたことが分かりました。
このような色々な言葉の仕組みを元々知っていたら、同じ努力でもっと成果があっただろうに…。
しかし、後になって私は思いました。
彼は由来や仕組みは知らなくても、「おきおつけて」をいつ、どんな場合に、どんな気持ちを添えて使えばよいか、誰よりも知っているんだと。
そのような言葉の本質は、決して授業で身につけられることではありません。
彼は人生の中で、「おきおつけて」の本質を体得していたのです。
彼は、その日教室を出る時、私にこう言ってくれました。
「短い間でしたが、英語を始めとして平均点以上取れるようになったのは本当に先生のおかげです。今までありがとうございました。」
彼は、教室に通い始めてからの2年間、一度も落ちることなく、成績を伸ばしてきました。
英語は、偏差値で言えば30も上がり、80点を取れる教科も出てきました。
本当に素晴らしい飛躍です。
また、地域の広報誌で中学3年生から小学6年生に贈る言葉に、自ら英語で書きたいと申し出たり、彼が合格して教室を卒業していく時、英語で謝辞をくれたりもしました。
学んだことを生かしたいという、彼の熱意と勇気にとても感動しました。
ある時、真剣な顔で語ってくれた「僕は小学校の時も頭が悪くて、中学校でもダメで、だから、がんばれば、成績の悪い人でも○○高校に行けるんだということを見せたいんです」という彼の炎のような情熱と、たぐいまれなる大人力が生かされることで、彼の学力の器は広がっていったのだと思います。
持って生まれた気質と才能を生かしていくことで、学ぶ力も生き生きと育まれていくのです。