昨日は私の身の回りで「人間関係が引き起こす苦しみ」について考えさせられる事案がいくつかありました。
人は感情に任せて不条理なことを言ってしまうことがある生き物です。そのような他者を苦しめる不条理な言動は、その人の「人格」から発せられたものではなく、その人の内部で、病的なレベルまで過剰に膨れ上がった「ストレス」から発せられたものであることが多いように思います。
なので、そのような「病巣が言わせてしまっている発言」を、まともに受け止めようとしたら、こちらの身が持ちません。うまく右から左に受け流して、相手をエスカレートさせず、自分がダメージを受けないようにする工夫が必要です。そして、そのような場合に、うまく受け流す行為は決して不誠実で不遜な態度ではありません。
「人間関係の修復」は一朝一夕にできるものではなく、時が解決してくれる部分が多いものです。うまく受け流しているうちに、時が経ち、自分も相手も成長してライフステージが変わってくると、人間関係の雪解けがふいに訪れることがあります。相手との人間関係をそれ以上悪化させず、時の力に解決してもらうためにも、受け流して自らの身を守っていくことは、「問題を大きな視野で捉えて対処していく」誠実な態度だと思います。
そして、そのように「受け流せること」「スル―できること」は、一種の技術であると私は考えています。実は、私自身がスル―することが下手なので、様々な人間関係の問題を華麗にスル―して、ストレスを貯め込まない人を見ると、すごい技術を持った人だなあと尊敬の念を覚えます。
普段私は、個別指導の学習サロンを主宰している者として、知識が右から左に抜けて行かないように、しっかりと脳に蓄積し体系化していくことを生徒に伝えています。しかし、うまく生きていくためには、その真逆のこと、すなわち、「華麗にスル―していく技術」も磨いていく必要があるということも、生徒に伝えていかなければと昨日は改めて思いました。「蓄積する技術」と「スル―する技術」その両面を、生徒と共に追究していきたいですね。